塩釜市東部の桂島。津波で壊れ、砂浜に深く埋まったボートを掘り出す、3カ国の若者たち
秋の風情があちこちでかんじられるようになりました。いかがお過ごしですか?
当法人はこの夏、7月には10カ国の若者がイタリアに集まった「世界週間」に参加し、8月にはイスラエル・パレスチナ・日本の若者が東北でボランティア活動をするプロジェクトを実施しました。どちらも未来を担う若者たちが「平和共存」の大切さを体感できた、貴重な機会でした。
とくに被災地では、被災された方々の苦しみに共感し、彼らの親切に感動しました。埃と汗にまみれた奉仕活動は、国や文化や宗教を超えて一つのことを成し遂げる喜びに結実しました。
「平和の架け橋」は、やっとその基礎を積み上げ始めたばかり。3カ国の若者がこの夏の経験を生かして、人と人、国と国との間に友好の橋を築いてくれることを願っています。
井上 弘子 スタッフ一同
若者がつくる「平和の架け橋」プロジェクト」
~イスラエル・パレスチナ・日本の若者が被災地でボランティア~
まとめと感想
被災地でいただいた心の実り
プロジェクト実行委員長 井上弘子
日本の若者12名、イスラエル・パレスチナから6名、イタリア人1名、カナダ人1名、そしてスタッフ5名、総勢25名。これが今回の参加者である。塩釜ボランティアベースに受け入れていただき、そのご指導のもと、8月10日から15日まで、奉仕活動に汗を流した。
公園の草取り、砂浜の清掃など、広大な被災地のなかで、じつに小さな奉仕活動であった。しかし、そこで得た心の実りは大きかった。参加者は一人残らず、被害の大きさに驚き、悲しみに心を押し潰された。一方で、はかり知れない困難にもかかわらず前向きに暮らしておられる地元の方々、とびきりの笑顔で迎えて下さった彼らの優しさに、大きな感銘を受けた。献身的な支援活動を続けておられるボランティアベースの方々にも心を動かされた。
活動のハイライトは、桂死まで砂浜に埋没していたボートを掘り出した時だった。中央で折れた船体が斜めに埋まっている。人の背丈ほども深いため、いったんは断念。しかし翌日には再び作業に取りかかった。炎天下、汗だくになってシャベルを動かすこと3時間。姿を現した船体にロープをかけて、ヨイショ、ヨイショとかけ声を掛け合い、とうとう引き上げた時には、大きな歓声が上がった。
そこには、ひとつの仕事をなし遂げた喜びがあった。国や文化、宗教や言葉、互いの違いをこえた共同作業が、友情をいっそう深くした。どんな困難も力を合わせればやがて解決が見えてくるという、自信と希望が芽生えた。
8月16日、東京に移動し、3日間にわたり、振り返りやシンポジウムを行い、体験や気づきを分かちあった。
今回のプロジェクトでは、若者たちが企画段階から加わり、自らのプロジェクトとして積極的に準備を重ねてきた。いま共通の思い出を胸に、若者たちは故国に帰った。共同作業を通して築かれた、小さな「平和の架け橋」。この橋をどのように大きくしていくか。若者たちのイニシアティブに期待している。
このプロジェクトをご支援くださったすべての方々に心からの感謝を申し上げる。
参加者の感想(抜粋)
もし共に一つになれるなら
■ラファット・スブラバン (22歳 エルサレム在住)
塩釜からさらに北に行った時、被害の本当の大きさを知った。日本のような豊かな先進国でさえ、この災害を避けることができなかったのだから、人間は自然の前では本当に無力なのだと感じた。それでも、日本の人々は団結して、破壊されたものを立て直すため懸命に働いている。
このような日本人の姿から、私たちは、もし共に一つになれるならどんなことでもできるし、どんな災害や紛争も克服することができる、という教訓を学ぶ必要があると思う。
出会って人は生きて行く
■松山 萌 (20歳 町田市在住)
一番驚いたこと。それは、私が現地で出会った人、誰一人として、この現状を他人のせいにしていなかったこと。誰も怒っていなかったこと。東京で感じた荒々しさとは打って変わって、私は東北で非常に冷静な空気に包まれた。また一からスタートしようという強い決意を感じ取った。
塩釜で出会った酒屋さん。海水でだめになった店内を張り替え、再スタートさせたところだった。気がかりは、街から日に日に人影が消えて行くことだそうだ。
おじさんは少しも声を荒げない。むしろ優しい口調でこう言う。「ここを離れる人を非難しようとは思わない。仕方がない。彼らも辛いのだよ。彼らが戻って来られる日に向けて、私はここで頑張って行くのさ。」
貴重な経験をして、私は思った。「生きて行く」こと、それは人と人が繋がり、生かし合うことだと。そしてその糧は日々の出会いの中で生まれるのだと思う。
とにかく助けになれた
■ジハド・ファラージュ (19歳 ベツレヘム在住)
心に残ったことは、桂島でボートを掘り出したことだ。とても小さなことだが、日本のためにできた、とにかく助けになれたと実感した瞬間だった。
自分はパレスチナ人で他の国の人たちに助けてもらっているが、今回誰かのためになれたことは大きな体験だった。
また今回のプロジェクトでは、意見交換するだけでなく、ともに力を合わせて作業できたのがよかった。
「小さなこと」の大切さ
■竹内 理恵 (19歳 国分寺市在住)
桂島での作業。前日に海岸の一区画をきれいにした。しかし次の日には新たなゴミが次々と流れ着き、もう汚くなっていた。何ともいえない無力感を感じずにはいられなかった。
しかし、作業を繰り返すうちに、小さいことがどれほど大切であるか、と感じるようになった。カリタスジャパンの皆さんが言っていた。「流れ着くゴミも以前よりだいぶ少なくなった。」誰も拾わなければゴミがどんどんたまり、取り返しがつかなくなっていただろう。
「平和の架け橋」について言えば、「小さいこと」は、「相手の心に寄り添う取り組み」だと思う。もちろん平和は一朝一夕にはできない。だからこそ、「小さいこと」、対話・行動の継続が必要である。
被災地で見た忍耐と希望
■クレール・ガザウィ (19歳 エルサレム在住)
塩釜ベースの責任者・ブラザー深川に案内されて、石巻と女川へ行った。想像を絶する惨状だった。とくに、ひっくり返った建物を見た時は、「ああ、なんということ!」と絶句した。それは前に見た、口に出すこともできない恐ろしい光景を私に思い出させたからだ。(注:イスラエル軍によるパレスチナ人家屋の破壊のこと)
こんなに大きな災害から復興して、元の生活を取り戻すには長い時間がかかるだろう。それなのに日本人は笑顔で、忍耐強く明日に希望を託している。それを見れば、私たちパレスチナとイスラエル人が人間同士の政治的な問題を解決できないのは恥ずかしいことだ。
でも、このプロジェクトから私たちは何かを掴み始めていると思う。ここに参加しなかったら、アンナやニールなど、イスラエルの友達には会えなかっただろう。私たちは、問題を一緒に解決するために助け合いたいと考えるようになった。
本当の感謝
■上野 龍太郎 (22歳 東京都在住)
甚大な津波の被害と比べれば、私たちの活動は微々たるものだろう。にもかかわらず私たちは、被災地の方から数えきれないほどの「ありがとう」を受け取り、それ以上の「ありがとう」を贈ったように思う。
そんな環境にいると、なんだか無性に楽しくなり、すべてが愛しく見えた。「感謝の気持ちは巡りめぐるものなのだな」と、ハッキリ感じることができた。
その日の夕食、「いただきます」と手を合わせたその瞬間に、生命への感謝があふれ、喜びでいっぱいになった。本当の意味で「満たされた」食事だった気がする。被災地の方が優しいのも、同じように生命への本当の感謝を感じておられるのだろうか、と思う。
平和作り
■新 直己神父 (プロジェクトスタッフ)
心の中に平和があれば、たとえ周囲が平和でないように見えても、平和でいられるのではないか。身近なところからの平和作りが実は非常に難しいものだと思う。それには自分の何かを犠牲にすることも必要になる。平和作りはやはり、人間の関係の中から生まれてくるものだと確認した。
感謝を行動に宿して
■横山 雄一 (プロジェクトスタッフ・若者リーダー)
震災後の実行委員会で、被災地に赴きボランティアを行うというアイディアが出たとき、実現には相当の困難が伴うだろうと思った。実際に多くの方々の力をお借りする必要があった。
しかしそれは、たくさんの出会いに恵まれた、ということでもある。振り返れば、一連のプロジェクトでさまざまな出会いの機会をいただいた。それらの一つ一つに僕は生かされている。
感謝の気持ちを宿しながら、僕は生きていく。
青少年国際交流プロジェクト 〈世界週間)レポート Settimana della Mondialtà
「I LOVE DIFFERENCE ! 」をテーマに、10カ国の若者が集う国際交流プロジェクト「世界週間」が、
7月18日~24日、イタリアで開催されました。
日本の参加者から寄せられたまとめと感想を、抜粋して掲載します。
どんな実を結ぶのか 〈世界週間〉 の報告
■大石陽子 (大学院生)
2度目の開催となる今年は、昨年のイタリア・イスラエル・パレスチナ・ポーランド・日本に加えて、エジプト・フィリピン・ブラジル・ハイチからの参加者も加わった。9カ国の若者は感謝と驚き、「絆」への喜びにあふれた一週間を過ごした。
まず、7つのグループに分かれてのワークショップ。粘土や木の枝で自分の特徴を表した人形をつくったり、仲間と共同して街をつくったり、人間として生きるための条件をディスカッションしたり。
さらに、音楽やスライドショー、パフォーマンスなど、得意な表現方法を選択してグループを作り、ファイナルイベント準備のためのワークショップも行われた。これらはいずれも、個々人の違いを受け入れ、世界を愛するためにみずからかかわる大切さを自覚させるのが目的だったように思う。
プログラムにも観光も組み込まれていた。ミラノのドゥオーモを見学、レリチへ海水浴に行ったりした。美しい大聖堂や海辺の風景に少し誇らしげなイタリア人と、他国の参加者たちのキラキラした眼差しが印象的だった。
最終日は地元の人も驚く寒さ。でもファイナルイベントはたくさんの観客であふれた。イタリアで出会った仲間と舞台に立ち、感じたことを思い思いに表現する。また、仲間のパフォーマンスに共感、思い出深い夜となった。
100人以上の参加者が、それぞれの思い出を胸に、これからどのような将来を築くのか、広い地球のあちこちでプロジェクトがどんな実を結ぶのか、楽しみである。
Grazie alla Settimana della Mondialità ! (ありがとう、世界週間!)
■藤本和也 (高校2年生)
最初は参加の理由がはっきりしなかったが、結果的にこのプロジェクトは自分を根元から変えた。
様々な国の人と知り合って驚いたのは、他国の人たちの習慣や文化よりも、日本人としてのアイデンティティーを、自分で意識したことだった。日本語、とくに文字に対する興味、箸の使いこなしや和服への驚異の眼差しを感じたからだ。
一方、平均2~3時間もかけるイタリア人の食事は非常に有意義なコミュニケーションの場でもあった。そして深夜2時まで盛り上がるダンス。
プロジェクトの興奮はしばらく収まらなかったが、現実に戻って気づいたのは、私はやはり日本人であるということだ。向こうで出会った人々の笑顔を忘れずに、私は今後も、日本人として歩んでいこう。私にひとつの転換点を与えてくれた「世界週間」と仲間たち、関係の方々には心から感謝したい。
私の視野を広げてくれた 〈世界週間〉
■大塚亜莉紗 (高校1年生)
プロジェクトへの参加が決まった時、心配もあったが、以前から行きたかったイタリアで、たくさんの人に出会う嬉しさの方が大きかった。
ジェットコースターみたいに速い車でピアチェンツァの教会に向かった。そこでフィリピンの人たちと出会った。英語ができて顔立ちが似ているせいか、話がはずんだ。最後には家族のように感じた。
次の日、世界週間が始まった。みんな同じTシャツとバッグをもらい、まるでひとつのチームのようだ。お互いの国の言葉で質問するというゲームでは、一生懸命日本語で話しかけてくれ、とても嬉しかった。ダンスが多いのにも驚いた。自由に踊るのは苦手だけれど、最後は少し踊れるようになった。
フィナーレのためのワークショップでは "Let's sing a song" に参加し、ヴァイオリンで伴奏を弾いた。その後ゲームやダンスをしたりするうち、皆と仲良くなれた。
最後の日にはみんなでミサに与った。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教......。皆が同じところにいるのはすごいことだ。Final eventでも同じように感じた。いろいろな国の人たちと出会い、心を分かち合うことができて本当に良かった。
もりあがりました!家田紀子チャリティーコンサート
7月2日(土)東京・早稲田奉仕園スコットホールで開かれたチャリティーコンサート。
イスラエル大使、パレスチナ一等書記官も出席され、盛大な催しとなりました。観客数は200人を超えました。
イスラエル大使(右)、パレスチナ一等書記官(左)とともに記念撮影。
手話を交えて、童謡「七つの子」を歌う家田さん。会場全員で合唱しました。
フォトアルバム
※画像をクリックすると拡大してご覧いただけます
(
2011年10月13日 14:45)