オリーブの木 No.39
支援者の皆様
今年になってチュニジア、エジプトと、インターネットを駆使する若者たちの力によって中東情勢が動いています。彼らがその持てる力を結集し、民主主義と自由という彼らの夢と希望を実現するために、正しい方向へと歩みを進めてくれるのを心から願っています。中東和平の要ともいわれるイスラエル・パレスチナ紛争解決のために、きっと両国の若者も立ち上がることでしょう。
今号では聖地の複雑な状況を少しでも分かっていただくために、ガザの若者たちや、エルサレムに住むイスラエル国籍のアラブ人やエルサレム教会の声をお届けいたします。いずれも平和と自由を願っています。
聖地の子どもや若者への皆様のご支援を心から感謝しております。
今号では聖地の複雑な状況を少しでも分かっていただくために、ガザの若者たちや、エルサレムに住むイスラエル国籍のアラブ人やエルサレム教会の声をお届けいたします。いずれも平和と自由を願っています。
聖地の子どもや若者への皆様のご支援を心から感謝しております。
井上 弘子 スタッフ一同
エルサレムの教会の祈り
キリストはベツレヘムで生まれ、イスラエルの地で宣教し、十字架上で死に、復活して昇天しました。主は聖地と世界を救うために来られました。
平和を願う世界中の人々が、私たちと一緒に祈って下さることに感謝します。天の父よ、あなたの愛と平和の力を通して、文化と宗教によるすべての壁を乗り越えられますように。そしてイスラエル人とパレスチナ人、すべての宗教を信じる人の心を満たして下さい。
私たちに平和条約を締結する勇気をお与えください。一方的な占領を終わらせ、パレスチナ人に自由を与え、イスラエル人に安全を保障し、すべての人々が恐怖から解放されますように。この地がパレスチナ人とイスラエル人を含めたすべての住民と世界に開かれるように、良い指導者が現れますように。
天の父よ、私たちみんなを憎しみと暴力の罪から解放してください。果てしない試練と困難の中で過ごすガザの人々に自由と平穏な日々を望みます。何よりも、子供と若者を助けて下さい。早く、紛争への恐怖と不安が平和の喜びと幸福に代わりますように。高齢者や障害を持つ人たちも、健康を守られ、ともに未来のために役立つことができますように。
最後に、紛争のゆえに世界中に散らばって住む難民のために祈ります。この人々に対して責任を持つ政治家と政府に、適切で公正な解決を実現するための知恵と勇気をお与えください。
※「Prayer by the Heads of churches in Jerusalem 」, in "Resources for The Week Of Prayer for Christian Unity 2011" p.20に基づいて作成
※編集部注
初代エルサレム教会は、政治的状況からあらゆる困難に遭遇しながらも、信仰において一致していました。キリストを信じる現代のエルサレムの諸教会は、同じように不正と格差、分裂と抑圧を体験し、苦しんでいます。そして平和と自由と解放を渇き求めて、心を一つにして祈っています。
平和を願う世界中の人々が、私たちと一緒に祈って下さることに感謝します。天の父よ、あなたの愛と平和の力を通して、文化と宗教によるすべての壁を乗り越えられますように。そしてイスラエル人とパレスチナ人、すべての宗教を信じる人の心を満たして下さい。
私たちに平和条約を締結する勇気をお与えください。一方的な占領を終わらせ、パレスチナ人に自由を与え、イスラエル人に安全を保障し、すべての人々が恐怖から解放されますように。この地がパレスチナ人とイスラエル人を含めたすべての住民と世界に開かれるように、良い指導者が現れますように。
天の父よ、私たちみんなを憎しみと暴力の罪から解放してください。果てしない試練と困難の中で過ごすガザの人々に自由と平穏な日々を望みます。何よりも、子供と若者を助けて下さい。早く、紛争への恐怖と不安が平和の喜びと幸福に代わりますように。高齢者や障害を持つ人たちも、健康を守られ、ともに未来のために役立つことができますように。
最後に、紛争のゆえに世界中に散らばって住む難民のために祈ります。この人々に対して責任を持つ政治家と政府に、適切で公正な解決を実現するための知恵と勇気をお与えください。
※「Prayer by the Heads of churches in Jerusalem 」, in "Resources for The Week Of Prayer for Christian Unity 2011" p.20に基づいて作成
※編集部注
初代エルサレム教会は、政治的状況からあらゆる困難に遭遇しながらも、信仰において一致していました。キリストを信じる現代のエルサレムの諸教会は、同じように不正と格差、分裂と抑圧を体験し、苦しんでいます。そして平和と自由と解放を渇き求めて、心を一つにして祈っています。
マニフェスト:ガザの若者たちの怒りの叫び
最近ガザに住む無名の若者たちのグループのマニフェストがインターネット上のFacebookに掲載され、瞬く間に世界中を駆け巡り、実に多くの共感と支持を得ている。それはイスラエルからの抑圧や攻撃だけでなく、ガザ内でのハマス支配の恐怖におびえる若者たちのやり場のない悲痛な叫びだ。彼らはただ自由と平和と普通の生活を渇望している。このテキストはイギリスとフランスの新聞にも掲載され、多くの反響を呼んでいる。
ハマスはもうクソ食らえ! ファタハもクソ食らえ! 国連もUNRWA(国連パレスチナ難民救済機構)もクソ食らえ! アメリカもクソ食らえ! 僕らガザの若者たちは、イスラエルにも、ハマスにも、占領政策にも、恒常的な人権侵害にも、国際社会の無関心にもうんざりしている。
僕らは、イスラエルのF16が頭上で音速を突破しているように、沈黙の壁を破り、この腐った状況に対する怒りをぶつけるために、魂のありったけの力をもって叫びたい。僕らはまるで、二つの爪の間に挟まれた蚤のように、悪夢と悪夢の間に挟まれて生きている。どこを見ても希望も自由もない。いつ終わるとも分からない政治抗争に巻き込まれた僕らは、煤よりも黒いこの闇夜にもう我慢がならない。いつも轟音を立てて飛び回る戦闘機に脅かされ、「安全地帯」(注:イスラエルとの境界線)にある自分の畑を耕しにいったというだけで農夫は銃撃される。自分の考えを言ったという理由で若者は、ひげ面の入植者に生意気だと袋だたきにされ、又は投獄される。「恥辱の壁」は僕らの家族や町や村を分断し、狭い土地に閉じこめられて、そこから出ることもできない。こんなことはもううんざりだ!
僕らはみんなから、いつテロリストに変身するか分からない人間、ポケットに爆薬をいっぱい入れて、いつも憎しみの目をギラギラさせている人間と見なされている。僕らに無関心な国際社会、いつもいろいろな宣言や決議を生み出しては、それを実行する段になると弱腰になる自称エキスパートたち。僕らはイスラエルにがんじがらめにされ、ハマスにひどい目に遭わされ、国際社会から全く無視されている。何ということだ!
僕らの内には、革命のために立ち上がりたい気持がふつふつと湧いている。もしこのまま、この内にたまった途方もないエネルギーが、少しでも事態を打開して希望が見えるよう、うまく導かれなければ、怒りの気持ちは爆発してしまうだろう。僕らのフラストレーションと絶望をさらに深刻にしたのは、11月30日武装したハマスのメンバーが、銃を手に、嘘で固めた口実を使って僕らのSharekユースセンターを襲撃したことだった。彼らは僕ら全員を外に追い出し、何人かを逮捕し、Sharekのすべての活動を妨害した。数日後には、それに抗議してデモをした者たちさえも投獄されてしまった。
それは、すでに悪夢の中にいる僕らにとってもう一つの耐え難い悪夢だ。僕らは、2008−2009年のイスラエルの《硬い鉛》作戦をやっと生き延びることが出来た。その時は無差別に爆撃され、何千という建物や住居が破壊され、さらに多くの命と夢が失われた。イスラエルはハマスの破壊という目的を達することはできなかったが、代わりに僕らを恐怖に陥れ、爆弾から逃げる場所もなかった僕らみんなを《外傷性ストレス症候群》という後遺症の犠牲者にした。
僕ら若者はみんな鉛のように重い心を持っている。あまりにも重くて、あの美しい夕日を見ても何も心に響かない。空には黒い雲が立ちこめ、目を閉じれば恐ろしい光景がよぎっていく......。僕らは苦しみを隠すために微笑み、戦争を忘れるために笑い、今すぐ自殺しないように必死で希望を保とうとしているのだ。この数年間、ハマスは僕らの思考や行動や期待をコントロールするためにあらゆる事をしてきた。僕ら若者の世代は、ミサイルの脅威のもとで行動し、たとえ不可能でも何とか普通の健全な生活をしようと努力することに慣れている。しかし今この社会にくまなく張り巡らされたハマスという組織によって抑圧されているのだ。彼らは、まるで生きている細胞すべてを破壊し尽くそうとする癌のように、恐怖によって僕らの意見や思考や夢をたたきつぶしていく。それらすべては、自称《民主主義》という国(イスラエル)によって作られた「ガザ」という青空刑務所の中で起こっているのだ。
またもや本当に残酷な出来事が繰り返されているのに、誰も気にかけていないようだ。ここガザで、僕らは恐怖の中に生きている。いつ逮捕され、尋問され、殴られ、拷問されて殺されるか分からない恐怖の中に生きている。.........
僕らはこの怒りが憎しみに変わることを望んでいない。でもはっきりと言う、これ以上犠牲者になるのはごめんだ。苦しみも涙も悲しみも、コントロールも、制限もまやかしの正義も、テロも、拷問も、偽りの口実も、爆弾も、眠れない夜も、無差別殺人も、苦い思い出も、出口のない未来も、ばかげた政策も、過激な政治家も、もっともらしい宗教家の話も、投獄も、もう飽き飽きしている。僕らは言う。そんなものはもうまっぴらだ!と。
僕らは三つのことを要求する。自由と普通の生活とそして平和を。それは無理な要求だろうか? 僕らガザの若者たちは、外の支援者の助けを得て平和活動している。ここの生活の真実を全世界に伝えるために。
以下は、ガザの若者たちの生活を変えるためのマニフェストである。
僕らは僕らを窒息させている占領政策を打ち砕き、思想の自由を勝ち取り、自分たちの尊厳と尊敬を回復することから始める。たとえ拒否されても僕らは頭を高く上げてプライドを失うことはない。僕らは昼も夜もこの耐え難い状況を変えるために努力する。もし壁に突き当たるならば、それを乗り越えて、夢を現実のものとする。
このテキストを読んで下さる皆様、どうぞ僕らを支えて下さい。
もし良ければ freegazayouth★hotmail.com に直接、あなたのメッセージを!
僕らは自由でありたい! 生きたい! そして平和が欲しい!
(「★」を「@」に変更してお送りください)
ハマスはもうクソ食らえ! ファタハもクソ食らえ! 国連もUNRWA(国連パレスチナ難民救済機構)もクソ食らえ! アメリカもクソ食らえ! 僕らガザの若者たちは、イスラエルにも、ハマスにも、占領政策にも、恒常的な人権侵害にも、国際社会の無関心にもうんざりしている。
僕らは、イスラエルのF16が頭上で音速を突破しているように、沈黙の壁を破り、この腐った状況に対する怒りをぶつけるために、魂のありったけの力をもって叫びたい。僕らはまるで、二つの爪の間に挟まれた蚤のように、悪夢と悪夢の間に挟まれて生きている。どこを見ても希望も自由もない。いつ終わるとも分からない政治抗争に巻き込まれた僕らは、煤よりも黒いこの闇夜にもう我慢がならない。いつも轟音を立てて飛び回る戦闘機に脅かされ、「安全地帯」(注:イスラエルとの境界線)にある自分の畑を耕しにいったというだけで農夫は銃撃される。自分の考えを言ったという理由で若者は、ひげ面の入植者に生意気だと袋だたきにされ、又は投獄される。「恥辱の壁」は僕らの家族や町や村を分断し、狭い土地に閉じこめられて、そこから出ることもできない。こんなことはもううんざりだ!
僕らはみんなから、いつテロリストに変身するか分からない人間、ポケットに爆薬をいっぱい入れて、いつも憎しみの目をギラギラさせている人間と見なされている。僕らに無関心な国際社会、いつもいろいろな宣言や決議を生み出しては、それを実行する段になると弱腰になる自称エキスパートたち。僕らはイスラエルにがんじがらめにされ、ハマスにひどい目に遭わされ、国際社会から全く無視されている。何ということだ!
僕らの内には、革命のために立ち上がりたい気持がふつふつと湧いている。もしこのまま、この内にたまった途方もないエネルギーが、少しでも事態を打開して希望が見えるよう、うまく導かれなければ、怒りの気持ちは爆発してしまうだろう。僕らのフラストレーションと絶望をさらに深刻にしたのは、11月30日武装したハマスのメンバーが、銃を手に、嘘で固めた口実を使って僕らのSharekユースセンターを襲撃したことだった。彼らは僕ら全員を外に追い出し、何人かを逮捕し、Sharekのすべての活動を妨害した。数日後には、それに抗議してデモをした者たちさえも投獄されてしまった。
それは、すでに悪夢の中にいる僕らにとってもう一つの耐え難い悪夢だ。僕らは、2008−2009年のイスラエルの《硬い鉛》作戦をやっと生き延びることが出来た。その時は無差別に爆撃され、何千という建物や住居が破壊され、さらに多くの命と夢が失われた。イスラエルはハマスの破壊という目的を達することはできなかったが、代わりに僕らを恐怖に陥れ、爆弾から逃げる場所もなかった僕らみんなを《外傷性ストレス症候群》という後遺症の犠牲者にした。
僕ら若者はみんな鉛のように重い心を持っている。あまりにも重くて、あの美しい夕日を見ても何も心に響かない。空には黒い雲が立ちこめ、目を閉じれば恐ろしい光景がよぎっていく......。僕らは苦しみを隠すために微笑み、戦争を忘れるために笑い、今すぐ自殺しないように必死で希望を保とうとしているのだ。この数年間、ハマスは僕らの思考や行動や期待をコントロールするためにあらゆる事をしてきた。僕ら若者の世代は、ミサイルの脅威のもとで行動し、たとえ不可能でも何とか普通の健全な生活をしようと努力することに慣れている。しかし今この社会にくまなく張り巡らされたハマスという組織によって抑圧されているのだ。彼らは、まるで生きている細胞すべてを破壊し尽くそうとする癌のように、恐怖によって僕らの意見や思考や夢をたたきつぶしていく。それらすべては、自称《民主主義》という国(イスラエル)によって作られた「ガザ」という青空刑務所の中で起こっているのだ。
またもや本当に残酷な出来事が繰り返されているのに、誰も気にかけていないようだ。ここガザで、僕らは恐怖の中に生きている。いつ逮捕され、尋問され、殴られ、拷問されて殺されるか分からない恐怖の中に生きている。.........
僕らはこの怒りが憎しみに変わることを望んでいない。でもはっきりと言う、これ以上犠牲者になるのはごめんだ。苦しみも涙も悲しみも、コントロールも、制限もまやかしの正義も、テロも、拷問も、偽りの口実も、爆弾も、眠れない夜も、無差別殺人も、苦い思い出も、出口のない未来も、ばかげた政策も、過激な政治家も、もっともらしい宗教家の話も、投獄も、もう飽き飽きしている。僕らは言う。そんなものはもうまっぴらだ!と。
僕らは三つのことを要求する。自由と普通の生活とそして平和を。それは無理な要求だろうか? 僕らガザの若者たちは、外の支援者の助けを得て平和活動している。ここの生活の真実を全世界に伝えるために。
以下は、ガザの若者たちの生活を変えるためのマニフェストである。
僕らは僕らを窒息させている占領政策を打ち砕き、思想の自由を勝ち取り、自分たちの尊厳と尊敬を回復することから始める。たとえ拒否されても僕らは頭を高く上げてプライドを失うことはない。僕らは昼も夜もこの耐え難い状況を変えるために努力する。もし壁に突き当たるならば、それを乗り越えて、夢を現実のものとする。
このテキストを読んで下さる皆様、どうぞ僕らを支えて下さい。
もし良ければ freegazayouth★hotmail.com に直接、あなたのメッセージを!
僕らは自由でありたい! 生きたい! そして平和が欲しい!
(「★」を「@」に変更してお送りください)
ユセフからの手紙
ユセフ・サアデは、昨年のイタリアでの「青少年交流プロジェクト」に参加した一人。イスラエル国籍を持つアラブ人、また最近キリスト教に改宗した青年として非常に複雑な状況で生きている。
聖地での僕の生活(ユセフ・サアデ)
僕の聖地での生活は、どこに住んだか、どんな友だちや先生がいたかで変わった。僕の経験を5つの項目に分けてお話ししよう。
1.まず、小さな村に素朴なアラブ人たちと住んでいた時。僕は以前「ベタニヤ」に住んでいた。村人はイスラエル人を嫌っていて「占領者」と呼んでいたが、政治の事は何も知らなかった。ただ、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒がみんな一緒にこの地に暮らしてきた良き時代のことを思い出すだけだった。僕も「イスラエルやユダヤ人は憎め」と教えられて育った。
2.第2にパレスチナ自治政府の治める町に住んでいた時。町の人々は政治の意味を知っていて、イスラエル人を憎んでおり、パレスチナ人は犠牲者だからイスラエルから解放しなければならないと考えていた。そこでは僕もそう信じていた。けれども、残念ながらアラブ人も一枚岩ではない。インティファダが始まってイスラエルの兵士たちと戦い始めた時、同時に人々は自分たちのうちにいるキリスト教徒に、十字架や十字架のネックレスをはずすよう強要しはじめた。同じ宗教ではないという理由で私たちを憎み、もめ事を起こしたのだ。「この土地は自分たちのもので、キリスト教徒は客でしかないのだ!」と主張している。
3.学校では、「この地はイスラムのもの」というアラブ人の歴史観を教えこまれる。僕もそう学んで育った。
4.僕にとって大学の影響は非常に大きい。イスラエルの大学で学んだが、クラスにはユダヤ人ばかりでアラブ人は僕一人だった。彼らは「ここに住むのは占領ではなく、権利だ」と考えている。みんな本当に良い友人だった。いろいろ助けてくれたし、同じ仲間として接してくれた。こいつは勉強しに来ているのであって、自分らは喧嘩するためにここにいるんじゃない、と。どこにでも憎しみを持ち込んだりはしなかった。ある友人は、前回のレバノン戦争では戦車の操縦士だった。みんな僕をキリスト教徒として受け入れ、「変われ!」などとは言わなかった。ユダヤ人の歴史観は、僕がかつて学校で学んできたアラブ人の歴史観とは異なる。何度も耳を傾けたが、確かに真実なところもあり、おかしいところもある。しかし彼らはそう教えられてきたのだ。このように別々に歴史観を植え付けられているアラブ人とユダヤ人が分かり合えるはずがない。
5.僕は2年前にキリスト教徒になったばかりだが、教会では、聖地の歴史について全く新しい見方を学んだ。
結論
一つの国にそれぞれ別の歴史観を抱いている3種類の人間が住んでいる。キリスト教徒の僕にとって、祖国は教会だといえる。すべての人は兄弟で、手を貸すに値する人たちだ。
キリスト教徒にとってはイスラエルが存続する方がよい。(キリスト教徒が迫害されている)エジプトやイラクのような事態が飛び火して欲しくないからだ。アラブ諸国はとても弱く、イスラム教徒であるがために、「イスラムの動き」を止められない。イスラエルにはユダヤ教徒もイスラム教徒もキリスト教徒もすべてが従うべき強力な固有の法律がある。しかしパレスチナにはまだそのような法律はない。
僕の聖地での生活は、どこに住んだか、どんな友だちや先生がいたかで変わった。僕の経験を5つの項目に分けてお話ししよう。
1.まず、小さな村に素朴なアラブ人たちと住んでいた時。僕は以前「ベタニヤ」に住んでいた。村人はイスラエル人を嫌っていて「占領者」と呼んでいたが、政治の事は何も知らなかった。ただ、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒がみんな一緒にこの地に暮らしてきた良き時代のことを思い出すだけだった。僕も「イスラエルやユダヤ人は憎め」と教えられて育った。
2.第2にパレスチナ自治政府の治める町に住んでいた時。町の人々は政治の意味を知っていて、イスラエル人を憎んでおり、パレスチナ人は犠牲者だからイスラエルから解放しなければならないと考えていた。そこでは僕もそう信じていた。けれども、残念ながらアラブ人も一枚岩ではない。インティファダが始まってイスラエルの兵士たちと戦い始めた時、同時に人々は自分たちのうちにいるキリスト教徒に、十字架や十字架のネックレスをはずすよう強要しはじめた。同じ宗教ではないという理由で私たちを憎み、もめ事を起こしたのだ。「この土地は自分たちのもので、キリスト教徒は客でしかないのだ!」と主張している。
3.学校では、「この地はイスラムのもの」というアラブ人の歴史観を教えこまれる。僕もそう学んで育った。
4.僕にとって大学の影響は非常に大きい。イスラエルの大学で学んだが、クラスにはユダヤ人ばかりでアラブ人は僕一人だった。彼らは「ここに住むのは占領ではなく、権利だ」と考えている。みんな本当に良い友人だった。いろいろ助けてくれたし、同じ仲間として接してくれた。こいつは勉強しに来ているのであって、自分らは喧嘩するためにここにいるんじゃない、と。どこにでも憎しみを持ち込んだりはしなかった。ある友人は、前回のレバノン戦争では戦車の操縦士だった。みんな僕をキリスト教徒として受け入れ、「変われ!」などとは言わなかった。ユダヤ人の歴史観は、僕がかつて学校で学んできたアラブ人の歴史観とは異なる。何度も耳を傾けたが、確かに真実なところもあり、おかしいところもある。しかし彼らはそう教えられてきたのだ。このように別々に歴史観を植え付けられているアラブ人とユダヤ人が分かり合えるはずがない。
5.僕は2年前にキリスト教徒になったばかりだが、教会では、聖地の歴史について全く新しい見方を学んだ。
結論
一つの国にそれぞれ別の歴史観を抱いている3種類の人間が住んでいる。キリスト教徒の僕にとって、祖国は教会だといえる。すべての人は兄弟で、手を貸すに値する人たちだ。
キリスト教徒にとってはイスラエルが存続する方がよい。(キリスト教徒が迫害されている)エジプトやイラクのような事態が飛び火して欲しくないからだ。アラブ諸国はとても弱く、イスラム教徒であるがために、「イスラムの動き」を止められない。イスラエルにはユダヤ教徒もイスラム教徒もキリスト教徒もすべてが従うべき強力な固有の法律がある。しかしパレスチナにはまだそのような法律はない。
以上
2011年スタディーツアー事前研修参加者の感想
紛争地の現状を学ぶ「イスラエル・パレスチナ スタディーツアー」が当法人の主催により3月16日から12日間の予定で行われます。その準備として去る1月15日と16日、ツアー参加者のために事前研修が東京で開かれました。学生たちの感想を抜粋します。
■石岡 舞衣(大学4年生・東京)
今回の事前研修では、イスラエル・パレスチナについて知識をただ詰め込むだけではなく、いろいろな角度から自分の理解を深められたと感じている。印象的だったのは「イスラエル人とパレスチナ人」、「ユダヤ人とアラブ人」といったような単純な対立ではないという点である。イスラエル人の中にもユダヤ人もいれば、イスラエル国籍を持つアラブ人、イスラエル人の中にも様々な考えを持つ人々がいて、この問題を解決するためには単純に2つに分けてしまうのではなく、もっと細かい部分にも注目しなくてはならなのだと感じさせられた。
また、イスラエルの兵役について、もっと知りたいと思った。イスラエルの人々は誇りをもって兵役につく点や、兵役につくと、最初は違和感のあることでも次第にそれが普通になってしまうという点などとても興味深い。
今回の事前研修では、イスラエル・パレスチナについて知識をただ詰め込むだけではなく、いろいろな角度から自分の理解を深められたと感じている。印象的だったのは「イスラエル人とパレスチナ人」、「ユダヤ人とアラブ人」といったような単純な対立ではないという点である。イスラエル人の中にもユダヤ人もいれば、イスラエル国籍を持つアラブ人、イスラエル人の中にも様々な考えを持つ人々がいて、この問題を解決するためには単純に2つに分けてしまうのではなく、もっと細かい部分にも注目しなくてはならなのだと感じさせられた。
また、イスラエルの兵役について、もっと知りたいと思った。イスラエルの人々は誇りをもって兵役につく点や、兵役につくと、最初は違和感のあることでも次第にそれが普通になってしまうという点などとても興味深い。
■上野 龍太郎(大学3年生・東京)
必死に調べ、まとめを作り、戦々恐々とした気分で臨んだ研修。案の定自分の至らない知識と気づかなかった論点や練りきれていない主張を確認することになった。
それでも実り多い二日間のおかげで、今後に向けての指針や課題が見つかったことはとても嬉しい。不安が減り、楽しみが増えた。ついでに英語力の無さも痛感した。これからは努力の日々である。
必死に調べ、まとめを作り、戦々恐々とした気分で臨んだ研修。案の定自分の至らない知識と気づかなかった論点や練りきれていない主張を確認することになった。
それでも実り多い二日間のおかげで、今後に向けての指針や課題が見つかったことはとても嬉しい。不安が減り、楽しみが増えた。ついでに英語力の無さも痛感した。これからは努力の日々である。
■恩地 明日香(大学1年生・神戸)
研修で一番心に残ったのは、「平和が安全をもたらすのか? それとも安全が平和をもたらすのか?」というパレスチナ大使の言葉である。
どちらが正しいと一概に言えない。平和が安全をもたらすと私は信じたいが、感覚的なものなのだろうか。私は、イスラエル・パレスチナに行った時に「知らなかった」と思うことは多いと思う。歴史的背景は、自分でも勉強できることばかりなので、少しでも多く知っておきたいと考えている。
研修で一番心に残ったのは、「平和が安全をもたらすのか? それとも安全が平和をもたらすのか?」というパレスチナ大使の言葉である。
どちらが正しいと一概に言えない。平和が安全をもたらすと私は信じたいが、感覚的なものなのだろうか。私は、イスラエル・パレスチナに行った時に「知らなかった」と思うことは多いと思う。歴史的背景は、自分でも勉強できることばかりなので、少しでも多く知っておきたいと考えている。
■金子 由佳(高校3年生・横浜)
中立に立つことの難しさを実感した。パレスチナ大使の話を聞いている時には、イスラエル側の主張は「防衛」以外の何ものでもないとしか思えなくなった。イスラエル人にとって「防衛」は私たちには想像できないほど大切なのかもしれない。しかし彼らのやっていることは、「自衛」の域を越えているように思えた。そして、イスラエル大使の話を聞けなかったこともあり、パレスチナ側に傾いていく自分に。その後イスラエルの歴史を踏まえて考えた時、やっと中立な立場に戻ることができた。
(2011年3月 4日 11:00)
中立に立つことの難しさを実感した。パレスチナ大使の話を聞いている時には、イスラエル側の主張は「防衛」以外の何ものでもないとしか思えなくなった。イスラエル人にとって「防衛」は私たちには想像できないほど大切なのかもしれない。しかし彼らのやっていることは、「自衛」の域を越えているように思えた。そして、イスラエル大使の話を聞けなかったこともあり、パレスチナ側に傾いていく自分に。その後イスラエルの歴史を踏まえて考えた時、やっと中立な立場に戻ることができた。
■木原 真帆(大学3年生・広島)
イスラエル・パレスチナ問題に関して詳しく調べたのは今回が初めてだった。世界史の授業での知識が、歴史的な原因までさかのぼることでうまく補完されたように思う。また、大使館の方の話により、人々の置かれている状況が想像よりずっと屈辱的で、困難であることも分かった。日常生活の営みすら困難な人々は、何に希望を見出して生きているのだろうか。その辺りのこともスタディーツアーで感じ取れたらいいと思っている。
参加者の話を聞くと、「色眼鏡で見ない」「頭でっかちにならない」ことが重要だと考えている人が多い。それは難しいけれど中立の立場であろうとする私たちに一番求められていることなのだと思う。
イスラエル・パレスチナ問題に関して詳しく調べたのは今回が初めてだった。世界史の授業での知識が、歴史的な原因までさかのぼることでうまく補完されたように思う。また、大使館の方の話により、人々の置かれている状況が想像よりずっと屈辱的で、困難であることも分かった。日常生活の営みすら困難な人々は、何に希望を見出して生きているのだろうか。その辺りのこともスタディーツアーで感じ取れたらいいと思っている。
参加者の話を聞くと、「色眼鏡で見ない」「頭でっかちにならない」ことが重要だと考えている人が多い。それは難しいけれど中立の立場であろうとする私たちに一番求められていることなのだと思う。
■田中 紀恵(大学4年生・北海道)
この事前研修で感じたことは、一つ目は「人間の問題」である。歴史、政治、宗教などが様々に絡み合っていても、そこには人間対人間のぶつかり合いがあり、解決に向かう大きな力になるのは人間でしかないということだ。これまでの私は、「国際法で許される合法的な武力行使とは何か」というようなことにしか目がいっていなかった。
二つ目は、私自身の今後の生き方に関わる部分。この研修を通して、人のため、社会のために働きたいと思うなら、まずは相手の話をきき、相手の立場を理解してから自分の考えを述べるよう変わらなければいけないと痛感した。
この事前研修で感じたことは、一つ目は「人間の問題」である。歴史、政治、宗教などが様々に絡み合っていても、そこには人間対人間のぶつかり合いがあり、解決に向かう大きな力になるのは人間でしかないということだ。これまでの私は、「国際法で許される合法的な武力行使とは何か」というようなことにしか目がいっていなかった。
二つ目は、私自身の今後の生き方に関わる部分。この研修を通して、人のため、社会のために働きたいと思うなら、まずは相手の話をきき、相手の立場を理解してから自分の考えを述べるよう変わらなければいけないと痛感した。
■松山 萌(大学1年生・東京)
研修で得たことの一つは"出会い"の大切さである。イスラエル・パレスチナに行って、現地の学生と対話し交流するのはもちろん、日本でも"出会い"の重要さは変わらないのだ。個性的な学生の方々、また社会人として時間を割いて下さった方々の"生き方"にも感銘を受けた。自己学習を進めて行くにあたって、文献だけでなく、「人」にも会ってみよう。大学の大先輩がイスラエルの日本大使館に勤めていたとの情報をゲットしたので、さっそくですがお会いしたいと考えている。
研修で得たことの一つは"出会い"の大切さである。イスラエル・パレスチナに行って、現地の学生と対話し交流するのはもちろん、日本でも"出会い"の重要さは変わらないのだ。個性的な学生の方々、また社会人として時間を割いて下さった方々の"生き方"にも感銘を受けた。自己学習を進めて行くにあたって、文献だけでなく、「人」にも会ってみよう。大学の大先輩がイスラエルの日本大使館に勤めていたとの情報をゲットしたので、さっそくですがお会いしたいと考えている。
■持田 雄太郎(大学2年生・神奈川)
非常に有意義な二日間だった。今まで少し偏った見方をしてきたが、研修を通して他の人の考えを知り、ある程度相対化できた。課題も深く広く掘り下げられ、たくさんの斬新な視点にふれる事ができたのも非常に楽しかった。また、たった二日間という、必ずしも十分とはいえない時間の中で、最後には、参加者全員がある程度のコンセンサスに到達できたことは大きな成果だったと思う。イスラエル・パレスチナ問題を二項対立ではなく多元的に考えなければならないこと、論理や知識も抜きにして、まずは人間に対して人間として接すべきこと、そして平和を論じるには自国の平和についても考えなければならないこと。こうした点を頭に入れながら知見を深め、3月のツアーに臨みたいと思う。
非常に有意義な二日間だった。今まで少し偏った見方をしてきたが、研修を通して他の人の考えを知り、ある程度相対化できた。課題も深く広く掘り下げられ、たくさんの斬新な視点にふれる事ができたのも非常に楽しかった。また、たった二日間という、必ずしも十分とはいえない時間の中で、最後には、参加者全員がある程度のコンセンサスに到達できたことは大きな成果だったと思う。イスラエル・パレスチナ問題を二項対立ではなく多元的に考えなければならないこと、論理や知識も抜きにして、まずは人間に対して人間として接すべきこと、そして平和を論じるには自国の平和についても考えなければならないこと。こうした点を頭に入れながら知見を深め、3月のツアーに臨みたいと思う。
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